キュレーター後藤由美さんに訊く、ダミーブックとは何か?

近年、海外でも高い評価を得る日本人写真集の著者の経歴で、キュレーター後藤由美さんが主催するワークショップ受講歴を目にすることが増えている。本というフォーマットを使った表現を追求するワークショップで作られたダミーブックが、アワードを通して出版にいたったケースも少なくない。多くの初心者を指導してきた後藤さんに、これまでの事例を交えながら、「ダミーブックって、一体なに?」「どうやってつくるの?」という疑問に答えていただいた。

 

FullSizeRender
※1

——後藤さんの考える、ダミーブックとは?

やりたいことを誰にも媚びずに表現できる、究極のアイデア帳のような場所。自分の持つ世界観をかたちにする、最初のたたき台でしょうか。

 

——参考までに、後藤さんが主催されるワークショップでの、ダミーブックの作り方を教えてください。

まずは、写真などの素材を壁に貼り、作品の世界観を作っていきます。日本では、ここのパートが苦手な人が多いです。写真を規則正しくリニアに並べていくことはできるけれども、本で世界観を表現するという意識で並べるのは簡単ではないんです。このとき、参加者本人はいらないと思っている写真も持ってきてもらいます。第二、第三候補くらいまでのセレクトを。話し合いながら進めるのですが、本人が気づかなかったいい写真がでてくることも多いので。
その次は、壁に残った素材を紙に貼り、本のかたちにまとめた最初のダミーブック「第一ダミー」を作ります。ページネーションが決定したら、次はデザインソフトを使って、判型や写真の大きさなどを決め、出力してまとめたものが「第二ダミー」です。その後、完成に至るまで何冊のダミーを作るのかは人によりますが、平均は3、4冊でしょうか。だんだんと本を使って表現することがどういうことなのか、理解が深まっていくと思います。

 

※1:ベルギーの写真家ヤン・ラッセルの「ベルギーの秋」。1980年代にベルギーのブラバントで起きた一連の襲撃事件。この事件で犠牲になって死亡したのが28名。その一人が彼の父親だった。未解決のこの事件を調査し資料を集め、目撃者証言等を手がかりに撮影された写真や証拠資料等でまとめられた本。オリジナル版は犠牲者の数から28部のみ作られた。ワークショップを主催するきっかけとなった本。

 

11262103_653056928129311_8197859627253874212_n

ニューヨークウィリアムズバーグを拠点に活動する写真家マラ・カタランの壁「A place I once called home:Williamsburg」。1994年にスペインからウィリアムズバーグへとたどり着いた彼女の写真シリーズは私的な旅であるとともに、歴史的な価値も併せ持っている。これはブルックリンの一地区の再生の記録であり、その中にはすでに失われた建物や街角の多くのイメージが含まれている。

 

 

——ダミーブック制作におけるアドバイスをお願いします。

作家性が軸にありながら、客観性を持って伝えること。本とは、人と共有するものだと捉えています。変にマーケットを意識しなさいというわけではなく、妥協しない部分を人と共有するためには客観性も重要だと思います。誰が見たいと思うのか問われたときに、具体的に答えがないとなると、それはポートフォリオになってしまう。独りよがりにならずに、どういう人に届けたいのか意識すると、自分に足りないものがわかってきます。

ダミーブックを作ることで、自分自身のプロジェクトにどれだけの理解があるかも見えてきます。そして、何が足りないのかも。不足を補うために、新規で撮り下ろしをしたりしながら完成に向かっていく作り方ができるのも魅力的です。また、ダミーをつくるときの注意点は、上書きしないこと。「第一ダミー」はそののまま残し、新たに「第二ダミー」を作る。自分の変遷が見えてきますし、前の段階の方がよかったということも起こり得ますので。

0
 
1
 
2
上田順平さんの『Picture of My Life』は両親の自殺をテーマにした一冊。在りし日の両親の姿や通夜の写真、父が描いた油絵の模写などでまとめられている。第一から第三ダミーまで、進化の様子がよくわかる。

 

 

——ダミーブックは、どこまでの完成度が求められるのでしょうか。

完成度が高いものもあれば、荒削りのものもありますよね。どういった世界観の本が作りたいのかが伝われば、必ずしも完璧に仕上がってなくても、いい作品は原石でも光ります!あんまり気負いせずに、自分が作りたいコンテンツを一番伝わるかたちで表現するのがいいと思います。

また、私たちのワークショップでは、この紙にすると値段が高くなるから、ページ数を減らそうとかはいいません。ダミーブックの段階では、自由にできるわけだから妥協は不要です。ダミーブックは、いわば「アーティストブック」みたいなものとも言えると思います。

 

IMG_3405

写真家、亀山亮さんは、もともと自分が持っていたアイデアをたたき台にデザイナーと組んでダミーを制作。写真は、第一ダミー。荒々しい仕上がりだが、作品の持つエネルギーが伝わってくる。

 

——量産や流通を考える段階は、その次の出版社と仕事をする段階?

前提として、作品の世界観は、作家本人がそもそも持っているもので、どう表現したいかという思いは、だれよりも強いはずですよね。なので、その思いがかたちになったダミーがあることは、とても重要だと思います。

例えば、ダミーブックが話題となったことがきっかけでメキシコの出版社RMから出版された写真家・小原一真さんの『Silence Histories』。第二次世界大戦下で犠牲になった子供たちの戦後をテーマにしていて、障害者手帳と当時のプロパガンダを発信する政府公報誌が実物同様の冊子の形で織り込まれるという凝った装幀ですけど、見事に普及版でも再現されています。

 
9
 
10

第二次世界大戦の負傷者のポートレイトやその暮らしぶりを撮影した写真と、彼らの古い写真の複写や戦時中の資料写真を織り交ぜた構成。

 

藤井ヨシカツさんの『Red Strings』のケースでは、上が自分で作ったダミーで、下がイタリアの出版社ceibaから出た本なのですが、表紙を開くと、赤い糸の縫われ方が違うんです。出版社から出された方は、一回で縫えるようになっています。量産することを考えると、縫いが1回か2回かは違ってきます。このように、出版にあたって、アジャスメントすることは出てきますよね。

 

11
 
12
離婚した両親と自身との関係性がテーマ。昔の両親の写真と、自身が撮った現在の両親の姿が収められている。
 

——多くのワークショップを卒業された方々が、ダミーブックアワードで活躍されていますよね。

世界中でダミーブックを対象としたアワードが増えていますし、応募する生徒さんたちも多いです。中には、グランプリではなかったけれど、出版につながったケースもあります。今回は、最優秀作品のみがStaidl社から出版されますが、そのほかの応募作品もTHE TOKYO ART BOOK FAIRで展示されるとのことですので、作家と出版社の出会いとしても機能する場になることを期待しています。

 

 

後藤由美 / Yumi Goto

Reminders Photography Stronghold共同創設者、キュレーター。およびフリーランスのフォトコンサルタント。プロジェクトプロデュース、キュレーション、フォトエディッティング、リサーチ、出版など、写真に関する総合的なコンサルティングや教育プログラムに力を入れている。また、国際的な写真賞の審査、フォトフェスティバル、イベントのノミネーション、キュレーション及びプロデュースなどに多数関わる。

http://reminders-project.org/