TABF2023には、北欧5カ国のアートブックシーンを牽引する5名のキーパーソンたちがセレクトしたアーティストブックやZINEが並ぶ4日間限りのブックストア「Nordic Art Book Store」がTABFに登場します。ここでは、キュレーターたちに、それぞれの活動やセレクション、自国のアーティストブックの特徴などについて話を聞きます。アイスランドのキュレーションを手がけたのは、アーティストであり、レイキャビックでアートブックフェアを主催するシグルドゥル・アトリ・シグルドソン。「Nordic Art Book Store」では、アイスランドのアーティストブック史で貴重な本も紹介してくださっています。
―簡単な自己紹介をお願いします。
私にとって、アートはコミュニティーセンターであり、宗教的な聖堂であり、人々が集まる家でもあります。その集合体のメンバーとして、幸いにも私はさまざまな役割を務めさせていただいています。自身のアート活動においては、SoEに対して客観的なスタンスをとろうとしています。私たちがいかに言語やアートなどの助けを借りて他者や周囲の世界と触れ合うか、いかに物質的な存在として空間の中に自身を位置付けるか、そういうことを観察しています。そのために私は自身が最も得意とする、色を重ねる版画の制作をしています。
突き詰めてみれば、自身のアート作品を作ることと、誰かのアート制作を手伝うことに違いはないように思えます。私たちの集合意識や、私たちの世界のとらえ方の奥底から何かを抽出しようと共に働いているのです。「Print & Friends」という活動を通して、アーティストがシルクスクリーンやレリーフ、リソグラフ、リトグラフのエディションや、アーティストブック、雑誌を作る手伝いをしてきました。1970年代のガソリンスタンドにあるY galleryでは、窓にかこまれた空間があるため、むしろ立体的な作品に焦点を当てています。アイスランド芸術アカデミーではワークショップディレクターを務め、教鞭も取っています。アートスクールという創造的エネルギーの純粋な源と直接触れ合い、それを形にできるよう導くのはとてもやりがいのある仕事です。
―アイスランドのアーティストブックの歴史について教えてください。
アイスランドにおけるアーティストブックの出現は早く、1957年にスイス人アーティストDieter Rothがアイスランドに移住し、史上初のアーティストブックと一部から呼ばれるものを作ったことから始まりました。Dieterはもともとコンクリートポエトリーやビジュアルアート誌『Spirale』に熱中しており、アイスランドでは詩人のEinar Bragiや『Birtingur』誌と関わりを持つようになりました。当時、Dieterはグラフィックデザイナーとして働いており、抽象的かつ具象的な美しい雑誌広告を作っていました。1957年の『Kinderbuch』は幾何学的図形や色を切り抜いて集めたものであり、彼が作った初めてのアーティストブックでした。Dieterには周囲の者たちを創作に引きずりこむ力がありました。
Dieterは、後に美術工芸学部に新たな学科「Nýlistadeild」、直訳すれば新美術学科を創立したMagnús Pálssonとコラボレーションをしました。Magnúsは多様なアーティストブックを制作し、また他の者たちをコラボレーションに誘うことにも力を貸しました。個人的には、それがアイスランドにおける媒体としてのアーティストブックの明らかな特徴だと思います。技巧というよりも、コラボレーションを生む存在なのです。それらは、アイスランド人アーティストたちが、海外の同時代人たちと関わることを可能としました。MagnúsやDieterを通じてアイスランドを訪れたアーティストたちの多くはアーティストブックを共に作り、その後もメールアートでコラボレーションを続けました。アーティストブックのおかげで、アイスランドは国際的な現代アートシーンに参加できるようになったのです。以来、アイスランド人アーティストたちは活動のかたわら、副産物、あるいはコラボレーション作品として、アーティストブックやエディションを作り続けてきました。16世紀初期にまで遡る印刷と出版の長年の伝統を持つにも関わらず、アイスランドの文化はいまだに形を持たず、寛容です。自立心を持ち、自給自足で、少ない手段からものを生み出す力がなければいけなかった時代から、強いDIY的な価値観を持ったのではないかと思います。
―今回、残念ながら貴重な本のいくつかを持って来ることが叶いませんでしたが、それらの本について教えていただけますか。
『Once Around the Sun』『Down』『Forest』『Study Book』『Drawings to Waterfalls』を持ってくることができませんでした。
アーティストブックをセレクトする際は、バランスが重要です。これらの作品はオーディエンスの手に取られ、読まれるためにあります。芸術哲学者Jóhannes Dagssonはアーティストブックの新たな定義に、具体化した存在としての読者の関係体験を提唱しています。
キュレーターとして描きたい物語にとって、一部の本が重要になってきます。その時、より多くの人に読んでもらいたい本ほどより入手し難くなるという、矛盾が起きるのです。これらの本は1970年代前半に、アートを作る新たな方法を提案したSÚMグループに属していた人々によって作られました。『Once Around the Sun』は一年間の各秒を終止符で表し、並べたものです。Rúríの『Study Book』は見開きの一ページのみの本で、開くと、左側には星空の絵が、右側には鏡が出ます。
―「Reykjavík Art Book Fair」について教えてください。
「Reykjavík Art Book Fair」はレイキャビク美術館で開催されています。ささやかな家族の集まりのような、出版できないものを出版するという共通の目的を持った独立系出版社やアーティストの小さくとも散在するグループによるセレブレーションです。ミュージアムやギャラリーも招いて、出版という出会いの場、印刷物や本に同じような興味を持って集まれる場所にしたいと思っています。喜ばしいことに海外からの参加者も何名かいますが、この機会にぜひ他の方々にもどうぞとお伝えしたいです。
―以前、アイスランドのアーティストブック史を記録する出版物を作るとおっしゃいましたね。もう少し詳しく聞かせていただけますか。
現在、芸術理論学者のAðalheiður Guðmundsdóttirと私が進めている研究プロジェクトと関係するものです。アイスランドのアーティストブックの豊かな歴史を調べるために、アイスランド芸術アカデミーの学生たちも動員して進めています。学生たちにこの主題について数々のエッセイを書いてもらい、アーティストブックを作るために用いられた技術や、そのコラボレーションによって構築された国際的ネットワークのマッピングについて集中的に研究してもらいました。これまでに『Workbook』と題する一冊を出版しました。より深く掘り下げた本を作る過程で制作している小規模な出版物です。
―「Nordic Art Book Store」のためにアイスランドのコンテンポラリーなアーティストブックやZINEをセレクトいただきました。自国の特徴、そのほかの北欧4カ国との相違点とは?
アイスランドのアート全般にも言えることかもしれませんが、のんびりとした美学やモノ作りの仕方が、今回の作品の特徴だと思います。選んだ中の多くの作品がシンプルに作られ、シンプルに凝縮されたアイデアを提示しています。
―日本のオーディエンスに向けて一言お願いします!
実は日本とアイスランドは、コンセプトや美的価値観など、共通するものの多いと思います。マーブリング・ペーパーについて調べる研究プロジェクトを行っているフランス人アーティストJoan Ayrtonと最近知り合いました。彼女から、色もモチーフもとてもシンプルな紙を作る技術が日本から技術が渡ってきたのだと教えてもらいました。その技術がアジア全域へ、そしてヨーロッパへと伝えられ、色も構造も複雑なものとなっていきました。さらに北へと渡った頃から、またシンプルなものへと戻っていったのです。彼女がアイスランドのマーブリング・ペーパーの技術を調べたところ、日本で作られているものと同じく、シンプルで不規則なモチーフとやや沈んだ色合いを用いていたそうです。アイスランドと日本のさらなるコラボレーションを楽しみにしています!
11月25日(土)17:00-18:15 料金:無料(要当日有効のTABF入場券)
Talk Event「Nordic Art Book Store キュレーターズトーク」
https://tokyoartbookfair.com/events/7127/
シグルドゥル・アトリ・シグルドソンも登壇します。ぜひご参加ください。